ちょっと旅に出てました♪よーしこれからどんどこ頑張るど〜(´∀`)
とりあえず特集組んでみました。
Big Lです

本名はLamont Coleman
1974年の5月30日にNew YorkのHarlemで生まれたBig L
当時のHarlemの同胞たち(Murda Ma$e a.k.a. Mase, Killa Cam a.k.a. Cam'ron, Bloodshed)を集めてChildren Of The CornというCrewを結成します。
彼らは"American Dream"など、実に30曲以上を作り上げますが、Bloodshedの事故死(彼はCam'ronの従兄弟だった)や、MaseとCam'ronが本格的にバスケットボールに打ち込むようになっていたことが原因で、いつの間にか消滅してしまいます。
92年、Lord Finesseの元でYes You Mayという曲を作り上げます。
そして93年、Columbia Recordsとの契約を交わすことに。
そこで"Devil's Son"という曲をリリースしますが、すぐにラジオからはこの曲は聴こえなくなります。
"I pistol whip the priest every Sunday."(毎週日曜日は聖職者どもをピストルで殴っているぜ)というリリックが、リスナーから反感を買ったようです。
それでも95年にはデビューアルバム"Lifestylez Ov Da Poor & Dangerous"をリリース。
Lord Finesseが手がけたシングル"MVP"はDebargeの"Stay With Me"をネタに話題となり(ちなみにSummer Smooth Mixというのもあります。こちらはMichael Jacksonの"Rock With You"をネタにフックをMiss Jonesが歌います。すげーいいです!)、アルバムもThe Sourceでマイク4本の高評価を得て、名実ともにビッグアーティストの仲間入りを果たします。
更に勢いは増し、Diamond D, Fat Joe, Showbiz & AG, Buckwild, Lord Finesse, O.C.と言ったBig Lを除いた全員がブロンクス出身の超豪華メンツによるD.I.T.C.(Diggin In The Crates)に加入します。
そして彼は自身のレーベル"Flamboyant Entertainment"を設立。
地元HarlemのMcGruffなどが所属し、Jay-Z、Damon Dash率いるRoc-A-Fella Recordsとの契約の話が進みます。
Jay-ZがBig Lを受け入れRoc-A-Fella Recordsとの契約が決まった3日後の1999年2月15日、この日が彼の生涯最期の日となってしまいます。
撃ち込まれた銃弾は7発、頭や胸などを当てられ、彼は帰らぬ人に・・・。
Rawkusから翌年リリースされた2ndアルバム"The Big Picture"は彼の生前に半分以上が出来上がっていたもので、完成度のよさや、彼のラップのキレのよさなどを聴くと、余計に彼の死が惜しまれるものとなります。
恐らく現在も生きていたとしたら、間違いなくHipHopをリードする、素晴らしいアーティストとなっていたことでしょう。
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Big Lは声がすごくイイし、ツバ飛ばしまくりっぽい勢いのあるフロウも好きです。
ビギーもそうだけど、病気とかじゃなくて、誰かの手で早くに命を絶たれてしまった事が残念でなりません。
お久しぶりです♪
Big Lの兄がギャングから恨みを買っていたそうなんですが、兄は刑務所に入っており、弟のBig Lを腹いせに射殺したようです。
ひどい話ですね・・・人気が出る前に命を絶たれてしまったアーティストってたくさんいると思います。
あのチェキ!がもう聴けないのは、寂しいですよね。
お!Day Oneでましたねー!D.I.T.C.のクラシックヒットでございますね♪
チェキ!と歯切れの良いFlow、たまらなかったですね〜んぐふぅ(´д`)
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